2009年12月


リレーも続行中ですが、まずは「あけましておめでとうございます!」本年もどうぞよろしくお願いします!

オヤジM

Mさんのエントリから1ヵ月も空けてしまいました。なのに、ここから“確信犯”だったかどうか?を書くのは少し気が引けますので、少し別な角度から書いてみたいと思います。

確信犯なんて言うと作家みたいでカッコいいので、そうなんです!と声を大にして言いたいところですが、実はそんなカッコいいものでも緻密に練ったものでも何でもなく、長い間、みんなに実際会って呑んで話している中で共感した部分だと思っています。表現は違えど、本質の部分では似たようなことを考えていた。ドラムを叩くってこととは? 楽器を選ぶってこととは? ドラムってものは? ことドラムってことに関してはみんな専門家ばかりですが、話をしていると、ドラムなんてことはたいして話に上らない、むしろ、“生き方”が見えてくる人ばかりなんです。で、彼らのドラムのプレイも、ドラム専門店としての姿勢も、書く文章も、生き方に直結している。清々しいまでに実直なのです。とても偉そうな言い方をしましたが、僕は、こんな人達と知り合え、対等に話してもらい、さらに1冊の本を作れたことを、本当に誇りに思っています。むしろ彼らとの共同作業の中で、自分自身として何ができたのかを振り返ると、自分に対して「もっと頑張れよ」と言いたいくらいです。これは次回のための自戒とします。

ん~、内輪を褒めまくってる文章はどん引きされる可能性大なので、ちょっと方向転換。

この本の企画を立てている時に、僕の頭の中を占拠して離れなかった1つの仮説がありました。それは

「イメージしたものしか実現できない」

というものでした。もちろん、心ならずもトントン拍子に事が進むこともあるでしょうし、いくらイメージできたって、なれないものはなれないなんてことは往々にしてある。でも、なりたい自分をイメージすることから始めることで、ある程度ベクトルは定まってくる。“そっち”に向けて出発できる。それは、イメージの中の“あの音”を出すために、どう身体を動かすか?というレベルでも同じなのではないか。

で、企画書レベルでつけた本のタイトルが「イメージから始めよう! Just Like Starting Over」。

これは、Lennon & Yokoのアルバム『Double Fantasy』の1曲目「(Just Like)Starting Over」から引いたわけですが、この表現が、自分の思いとピッタリだったのです。“Start”じゃなくて“Start Over”、つまり、「もう一回やり直そうよ」という言い方。しかも“Just Like”ですから、もう一回やり直すみたいにさ、という感じ。

この曲自体、僕の大好きな曲で、気持ち良く外を闊歩している時に、どこからともなく頭の中から湧き出てきます。軽快な3連のビートで、気持ちの良い爽やかな曲想なので、この曲を結婚披露宴でかけるカップルがいるようですが、「Starting Over=やり直そう」ですから、実は場違いなんですね。

それで何を言いたいかというと、この本を読んだ人には、従来の教則を「もう一回やり直すみたいに、イメージから始めよう!」と言いたかったわけです。いやいや、もちろん今までの教則を否定するわけじゃありません。が、今までの教則本でやってきたことを“イメージ”から見直してみたら、もっと理解が深まるんじゃないかと思ったのです。理解が深まるというのは、訳もわからずやって出来たつもりになっていたことの本質がわかるということ。そういう点で、「やり直す」どころか最初からこの本でドラムを始めて欲しいという意味で、初心者向けという気持ちもあったし、「やり直す」という意味では、それ以外のすべてのドラマーに向けたものでもありました。そもそも、初級、中級、上級なんていう、あまりにも大雑把すぎる分け方自体、いかがなものか。誰目線なのかと言いたくなる。

もう1つは、前回、私Sのエントリでも書いた“英語”の話に関係するもので、英語は“覚える”ものじゃなくて“コミュニケートする”ためのものでしょ?という仮説を敷衍して、音楽や楽器演奏もコミュニケートだ、というもう1つの仮説から入りました。これについては、もうMさんの文章を読んでもらうに限ります。

そしてベース、ギターをも巻き込んだ付録CDを聴いてもらうに限ります。

今、月一で、古田敦也がメインキャストの番組『フルタの方程式』が結構面白いんです、野球好きの僕としては。あんな番組、観たことがない。少し前にも“キャッチャーズ・バイブル”と称して、盗塁やバント処理など、場面場面でのキャッチャーの動き方、考え方などを、とても詳しく説明していました。“野球”しか知らない人間にとっては「キャッチャーはそこまで考えてるんだ」と、フムフムと見入ってしまいました。実に面白い。つい先日も、4人のピッチャー(現役引退選手)が登場し、ミクロな視点で現役時代の投球術を振り返っていました。元中日・今中のあの恐怖のスローカーブの、ボールをリリースする瞬間を超スロー映像で流して、ボールが人さし指と親指の間から“抜ける”ように投げていることを見せたり……。いや、これも何を言いたいかというと、以前、ドラム雑誌を作っている時に、自分はもしかして(野球に喩えると)「ベースボール・マガジン」じゃなくて「キャッチャー・マガジン」を作っているのではないか?と思ったことがありました。個々のパートとしてのテクニックはもちろん必要だし、そのためのトレーニングも絶対に不可欠、でも、それが野球のため、僕の場合、そのドラムのトレーニングもテクニックも、音楽のためであることを伝えていかなければいけないと思ったわけです。キャッチャーだって、そのバント処理の動きは、何人のランナーがどのベースにいて、それらの動きによって変わるわけだし、ひいては、バントする以前に、相手チームの戦術をも含めて、「今がどういう状況か」によって、自分の動きは逐一変わってくる。それはどのパートでも同じ。これは音楽におけるパート相互の“コミュニケーション”と同じなのではないかと。

今まで単行本単位ではほとんど書かれることのなかったこのコミュニケーションについて、『もっとドラムがうまくなる7つの最強プログラム』では、まったく新しい切り口で斬り込んでいます。もちろんMさんが連載「Feel & Logic」などで常日頃、言及されていることではありますが。

少し冗長になりました。

編集S