Sです。

『もっとドラムがうまくなる7つの最強プログラム』が発売されてから、僕も、いろんな方から「今までにない面白さがある」という言葉をいただきました。“今までにないものを作りたい”という意識で制作したものではありませんが、形になったものが“今までにない”と思っていただけたのは、本当に嬉しい。

 

今年1月、版元から初心者向け教則本の依頼を受けました。そこでまず考えたことは、内容のことはさておき、どういう“枠”の中で教則をやるか、でした。目新しいことや突飛なことを考えるまでもなく、自分が関わるなら、という視点で、以前、月刊誌でMさんと一緒に作っていた特集を、[それができるまでのSとMさんのやりとり]と[その結果としての特集]という二部構成にして、そのかたまりをいくつかまとめたものにしたいと。

 

雑誌での特集は、こちらで立案したものをMさんに持ちかけ、いろんな意見を総合して形にします。その“形=特集記事”はもちろん、形になるまでの“過程”も一緒に載せれば、読者の理解度がより深まるのではないかと思ったわけです。雑誌の特集記事というのは、読者にとってはmonthlyに偶然降ってくるもので、購入前に自分に必要かどうかを吟味しますが、“この特集記事は、こうこうこういうところが大事だから、訓練としてこういうレッスンをやっておいた方がいい”という部分を、Mさんとの会話の中で明らかにしていく。通常の記事でも、だいたい冒頭にそういう“コンセプト”は載っていますが、紙幅の都合もあり、大きな記事でも1ページ程度にほどに集約してしまうのが常です。そこを、グッと広げて、まずはグリップならグリップという1つのテーマでMさんとじっくり対話して、教則として“大事なこと”を吸い上げ、次に具体例としての“特集記事”に進もう、と。

 

“大事なこと”がなければ、具体例というのは、わかる人にしかわからないという領域になってしまうとは、常々思っていたことでした。

“大事なこと”というのは“本質”のことです。例えばグリップで言えば、いろんなグリップがありますが、「これがマッチド・グリップです。こういうときに有効です」と言うよりも、“細い棒を握って何かを叩くということ”を、まず示したい。その“結果として”、“歴史的に”、こういういろんな握り方があって……順番としてはこうありたいなと。

 

そう思ったきっかけは、英語です(笑)。学生の頃から英語が好きで、いつかしゃべれるようになりたいと思っていたのですが、大学に入ってから、僕の英語の勉強方法が思いっきり間違っていたことを知りました。その大学に入りたいなら、その学部のテストを受けるなら、その予備校はないだろう、ってことも知りました(笑)。

いつ出題されるかわからない膨大な数の英単語を覚え、イディオムを覚え、文法学者になりたいわけでもないのに、例外の例文まで事細かに見ました(文法に例外っていうのは必ずありますからね。それが言葉が生きている証ですね)。問題に答えるにはそうするのが当たり前だと思って。でも、受験勉強っていうのは、特に大学受験の場合、「どっからでもかかってこい!」という状態を作っておくのは、かなり無理がある。もちろんそういう万全の状態に持っていける人もいっぱいいますが、僕には無理でした。むしろ、英語をしゃべれるようになりたいと思って選んだあの学部の試験を受けるためには、どういう方法をとることが先決か?を知ることの方が、よっぽど大事だったんですね。

 

これがさっき言った本質です。で、本質を知った上で“具体”的な対策をとるのと、本質を知らずに闇雲に、かなり難しい“どこからでもかかってこい”状態を作るのとでは、習熟度が大きく変わるのではないか?

 

ドラム雑誌を作っているときに、これってドラムも同じなんじゃないか?と、あるとき思ったんです。

 

こんなことを、小説なんていって文章にしてみたのが、『もっとドラムがうまくなる7つの最強プログラム』の冒頭カラーページです。

 

単語やイディオムを憶えるようにフレーズやリズム・パターンを憶えるより、まずは、どういうドラムを叩きたいのか?(本質)を考えてから、そこに到達するまでに何を習得しなければいけないのかを自分で考えられるような教則本を作りたいと考えるようになりました。

 

そして、それこそがプレイヤー、ミュージシャン、アーティストとしての、はたまた人間としての“自分らしさ”の源なんじゃないかと。よく言う“アイデンティティ”なんていうヤツですかね。

 

こんな“枠”のことを考えて、ものすごく粗い筋(あらすじ)を考えたのが4月。今だからこんな文章で言えますが、当時は、その素案が僕の頭の中で点在していて、いざMさんに話を持ちかけたときにも、細かい部分を説明できず、非常に苦しんだのを憶えています。この素案に自信はあったものの、教則本として具体的に形にするには?と、そこから数ヶ月に渡って“??”が頭を駆け巡っていました。その僕の??を、Mさんが手を替え品を替え、ガッツリと具現化してくれ、ときたま目的地点を見失ったときに、逐一、方向修正をしてくれました。

Mさんが方向修正をしてくれたのは、教則のアイディアだけじゃなく、もっと大きなことでもあるのですが、そういう“縁”がこの本を生み出した、という言い方もできると思っています。僭越ながら言わせてもらえば、この本全体が“類が友を呼んだ”ような……。

 

では、Mさんにも同じ質問を。この本の制作過程でMさんはどういうことが印象にのこっていますか?

(編集S)

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