「今、一番足りないのが編集」と言うときの“編集”の意味を、まず自分なりに考えてみようと思います。実は、あらゆるものが“編集されたもの”でもあります。今、僕の目の前にある冷蔵庫が、椅子が、テーブルが、戸が、床板が、窓が、マグカップが、キッチンペイパーが……とにかく編集されていないものは1つもない。この事実が示しているのは、それらが“誰か(何か)のために作られた(表現された)もの”であるということだと思います。上で列挙したものはすべて“商品”ですが、“商品”の場合には、編集の彼岸に“消費者のニーズ”があります。もちろん“ニーズを掘り起こす”ということも編集の1つ。では、商品でないもの、例えば“芸術作品”の場合はどうだろう? 芸術作品が“商品”であるかないかどうかはひとまず横に置いたとして、それが愛する人のためのものであれ、平和を希求したものであれ、自分自身の苦しみや絶望との対話であれ、形がなかったものに形を与えるという意味で、すべて“編集を加えた表現”ではなんだと思います。当然、形を持つということは質量を持つことだけではない。つまり、編集の此岸にあった“形がなかったもの”を、私というブラックボックスを通して“表現した”ということになるんじゃないかと思います。ここで大事なことは、“私にとって”形がなかったということ。それをブラックボックスに取り込む、まさにその作業に、すでに編集という作業が含まれている。ということは、この“私というブラックボックス”を通すことこそが、まず第一義的な編集なのではないか?と。で、それを“表現するか否か”は、また別の原動力が必要となる別次元の話なので、また別項にて。

この“私というブラックボックス”には“自己性の回路”が間違いなく備わっています。原初的にDNAレベルでそうでしょうが、形がなかったものは自己性の回路を通過して、何らかの未整理の煩雑とした形を与えられる。また、形があったものも、自己性の回路を通過して、形を変える。ただ、今このように“通過する”と表現したような客観的な時間経過の中で、形のないものは、後述の意味で、私というブラックボックスには入ってこないんだと思います。つまり自己性の回路というのは単なる通り道なのではなく、吸い込み口を持って水を切望する渇いた反応体なんじゃないか……。まぁ“形がない”と思った時点で、満月を知って三日月と言うように、すでに“欠如”という反力が働いているんだと思いますけど、そこも含め、僕が言いたいことは、自分というブラックボックスに取り込もうとする意志や力が、すでに編集なんじゃないかということです。その力はすでに取り込むフォーマットというか、フィルターの網の目の形みたいなものをぼんやり成形していて、形のないものを漠然とした形にしながら、自己性という反応体の中に浸透して、私にとっての意味やストーリーを形作っていく……ようなイメージで。

怖いですね……編集っていうのは“自分自身にとっての意味やストーリー”ということになってしまいました。ある意味、これは疑いようのない事実だと思います。でも「この地点から“表現”に向けて出発しようよ!」という気持ちは持っていたい。そのためには「自分にとっての意味やストーリー」を“信頼”しなきゃいけない。ツールの進化に、ある意味、蝕まれているのはココなのかなぁと思ったりします。編集はツールに左右されてはいけない、というか、ツールを使う以前に出口は見えているはずですから。

 

で、ここから「アメリカ」かぁ……(汗)。

まず卑近な話、僕はアメリカ大好き少年でした。毎週土曜日、23時になると10チャンネルに回し、当時はまだ有線だったビデオのリモコンというかリモートコントローラーの録音ボタンをすぐ押せるようにスタンバイ、するとVapour Trailsの「Don’t Worry Baby」が流れ、アルバムジャケットがドミノ式に倒れていく様を見て一気に高揚!──なんて小学生でした。当時の歌は、いまだに歌詞はわからないけど歌えます(笑)。どうしても一緒に歌いたいから、番組をテレビからカセットに録音して、何度も巻き戻して歌詞を聴こえるままにカタカナに直したりしてたんで(笑)。

それにPVや映画に出てくるアメリカの少し高級と思われる住宅街にも憧れてましたねぇ。どの家にも青々とした適度に刈られた芝生ゾーンがあり、きれいに区画された、緑も豊かな、広々とした開放感のある街並み。そこを舞台に「今日はダンスパーティーだから、あの娘を誘って……」なんて、高校生のくせに車であの娘を迎えに行くってよくあるストーリー。まだ小学生の僕は、それだけで大興奮!でした。

で、極めつけは、中学生のときに観た『オレゴンから愛』ですね。単身でオレゴンの親戚の元へ預けられた少年が大自然の中で逞しく育っていく姿を見て、当時は、そんな境遇に憧れたものでした。まぁランちゃんが出ていたのもデカかったんですが(笑)。

入り口がそんな状態で憧れを抱いたまま、アメリカに対して何の疑いもなく80年代を過ごしてきました。ロンとヤスは仲良し!、そんな感じです(笑)。でも、そこから数十年、ある意味、その初期衝動が変わらないんですよねぇ。個人レベルの交流でも、その憧れを裏切られたことがないし、彼らのコミュニケーションを見習いたいとすら思っています。1つ、自分にとって大きな経験がありました。大学時代、当時サンフランシスコに留学していた彼女を追って行ったときのこと(笑)。大学にモグって哲学の講義を受けてみました。日本でいうところの一般教養的なもので、生徒が感覚的にわかるようなかみ砕いた内容も非常に好感が持てましたが、何より、生徒がしゃべるんです。手を挙げなくても先生の解説に意見を言うし、そこから話がどんどん弾んでいく。結局は自分もみんなも理解が深まるわけです。授業は自分で作っていく。で、一番驚いたのが、手を挙げている生徒のもう一方の手のアイス! 私語を慎んで静かに先生の一方的な話を聞いているフリをする、どこかの国の授業とは違い、アイス食おうがジュース飲もうがお菓子食べようが、知りたいことは知りたいんだという姿勢、体裁の美しさじゃなくて中身の充実……これはカルチャーショックでした。

(つづく──seimj

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